2019年9月21日土曜日

書籍 : 萩原朔太郎-猫町(藍峯舎)



萩原朔太郎の数少ない小説作品の一つである「猫町」は、昭和10年(1935)夏、美麗な豪華本の出版で知られた第一書房の月刊誌「セルパン」に発表され、同年秋、伝説のプライベートプレス「版画荘」から朔太郎自身の装幀で単行本として刊行されました。前年に出版された詩集「氷島」で、詩壇に賛否両論のセンセーションを巻き起こした後、ひっそり世に送り出されたこの小編は、詩人の余技的な仕事と見なされたのか、当時の文芸ジャーナリズムにおいて、特に大きな喝采を浴びることはなかったようです。しかし、そんななかでいち早くこの「猫町」の魅力に深く感応し、これを称揚したのが江戸川亂步でした。翌年春に雑誌に発表したエッセイで亂步は「猫町」について「ポオ小説(さういふ言葉が許されるならば)の一種」とそのユニークさを認めたうえで、「ごく真似手の少ないポオの面影を、久々に見ることが出来て、甚だ感銘が深かった」と讃えています。
朔太郎と亂步は昭和6年(1931)の初対面で「情意投合」して以来、一緒に浅草公園の廻転木馬に乗ったり、新宿のゲイバーで遊んだり、昭和17年(1942)に朔太郎が亡くなるまで、密やかに深い交友を続けていました。共に孤高の存在で、一般には縁遠いと目されていた詩人と探偵小説家を、かくも親しい関係に導いたものは何だったのか――『乱歩謎解きクロニクル』で本年度の本格ミステリ大賞(評論研究部門)を受賞した中相作氏による本書の解説「猫町の散歩者」は、両者の共感と交歓の深層に迫った必読の力作です。
さて、そんな間柄だった亂步の「猫町」への偏愛は、朔太郎没後も少しも変わることがなく、昭和23年(1948)には、「怪談無何有郷」とサブタイトルを付けた随筆「猫町」を執筆しています。後に評論集「幻影城」に収録されたこのエッセイで亂步は、「猫町」の誰も着目しなかった怪談としての魅力を余すことなく語ったうえで、おそらくは朔太郎の発想の源流となった英国の怪談作家アルジャーノン・ブラックウッドの「古き魔術」についても絶妙な語り口で懇切な紹介をして、その後の「猫町」のめざましい再評価へとつながる道筋を示すことになりました。
今回の藍峯舎版「猫町」では、朔太郎の本編と、その名作を「こよなく愛して」きた亂步が朔太郎に捧げた至高のオマージュ「猫町――怪談無何有郷」を、それぞれ初出のテキストによってカップリング。さらに木口木版の世界に新風を吹き込んだ気鋭の版画家林千絵による描き下ろしの挿画17点と、口絵のオリジナル手彩色木口木版画一葉を添えて、すべての「猫町」愛好家に贈る豪華愛蔵版です。本書でしか覗くことのできない「猫町」の妖美の世界をどうぞご堪能ください。

<内容目次>
萩原朔太郎 「猫町」(「セルパン」初出バージョン)
江戸川亂步 「猫町――怪談無何有郷」(「小説の泉」初出バージョン)
林 千絵  「猫町」挿畫帖(別丁四色刷 挿画17点)
解説 中 相作「猫町への散歩者」
口絵 林 千絵 オリジナル手彩色木口木版画(署名・番号入り)
造本仕様
限定220部  予価24,000円(税込) 近日予約開始
A5判変型 天銀 背革 貼函 記番入り
●特装版限定25部(オリジナル手彩色木口木版挿画収録)2020年新春刊行予定

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