2010年4月29日木曜日
書籍 : 瀧口修造-物質のまなざし
『物質のまなざし』
詩・アントニ・タピエス 画・瀧口修造
1975年 ポリグラファ社(バルセロナ)
44×31・
98ページ(箱入り)
Material Glance
1966年 20ページ Galerie de France: Paris 22x25cm
この本に使用されているカタロニア産手漉包装紙は、瀧口修造の示唆によりアントニ・タピエスがスペインで探したもの。物質感の強いこの手漉包装紙に、タピエスのリトグラフ、しの竹を削って作った筆で書かれた瀧口の自筆テクストが刷り込まれている。瀧口が自筆のテクストを刷り込むということはあまり例がないが、手書きの感覚を残すことで“書くこと”と“描くこと”の境界を曖昧にしようとしたのだろうか。タピエスのオリジナル版画は別刷りとして、さらに大きな寸法のアルシュ紙、リーヴ紙、グアロ紙にも刷られた。発行当時、瀧口72歳、タピエス52歳。
1958年、瀧口はヴェニス・ヴィエンナーレの日本代表及び審査員として渡欧し、欧州各国を巡った際、スペインでタピエス宅に滞在した。後に瀧口は、タピエスを「意外なミロの後継者を見いだした」(『みずゑ』1961年9月)と評する。この詩画集の発行元であるポリグラファ社は、瀧口とミロの最初の詩画集『手づくり諺』を手がけた出版社であり、社長のジュワン・ド・ムガは、カタロニヤ地方における前衛芸術家のパトロンとして代々有名な一族の代表者であった。
「夜あけが未知のもののようにやってくる。絶えずあたらしい運命の合図のように。裏切られても、性懲りもなく。
ひとつの点、そんな、形を超えたものが、この手で掴めると思われる、なんともすがすがしい瞬間がある。
幻覚などと軽々しく言うなかれ。むしろ目くらむほど遠い記憶の回生、いまはほとんど磨り減ってしまった体験がふと蘇るのではないか。
たとえば、文字をかく、絵をかくという、いまはよそよそしく分離してしまい、しかつめらしいもの織りのとりこになっている人間の行為がある。
この地上の国境のように、そらぞらしいものになってしまったもの。距離の感覚も、人を惑わす。
沈黙すら量ることを知らぬ火星よ、きみもこの尺度のとりこにならぬよういのる。
地上では、埃やぼろ切れさえ、いまは生まれつきの純潔さを失う。
アントニ タピエスよ、けさ、どこからともなく、ふと浮かんだこんな断層も、きみの仕事と一緒に、カタルーニャの土地から訪れてきたのだと思いたい。ありうることだ。
きみは自分の手型、足型を、星の指紋、風邪の眼、壁の声に同化させるだろう。とても独特だ。
その仕事、それは古来、宇宙のあらゆる元素と親しんで、話し合ってきた人たちと同じ道すがら生まれたもの。
この土地、この住まい、この扉、この椅子、すべては元素をわかち合う。そして星がいま、あそこにまばたき、現存していると見えるように、きみの扉や壁、そして土埃がよく見える。とても独特だ。
動詞という烙印、タピエス。」
瀧口修造 「アントニ タピエスと/に」 『タピエス展図録』(西武美術館 1976年8月)より
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