2009年6月17日水曜日

陰猟腐厭 (2)






CRAGALE RECORDS 
EPソノシート作品
 
1980年11月8日深夜、陰猟腐厭は、我が母校、神奈川大学に於いて“トニーコンラッド with ファウスト”の曲のカヴァーを、相も変わらず1フレーズ30分繰り返しという妥協せぬスタイルで演奏していた。
当時の神大は全学バリストが行なわれるなど、いまだ60年代の香りを残した学生運動家たちの最後の砦の一つでもあった。
我々の演奏に触発されたのか、突如コンサート会場に乱入した彼ら運動家たちはステージのマイクを奪い、アジテーションを始めた。
しかし、ひるむ事なき我々の演奏は続く。PA担当者は演説を阻止すべく、エフェクトをかけまくる。
その、あまりのハマリの良さに「全て陰猟のヤラセでは?」との疑念も生む事になったが、全ては偶発的な出来事であった。
翌年我々は、横浜のロック喫茶 夢音 の耕平氏と、当時クラゲールレコード代表、本郷保 氏の協力を得て、このハプニングの全貌を、そのまま初作品として発表する事を決定。(クラゲールにとっても第一弾) 本郷保 氏は'98年12月、他界された。
まさに時代の一瞬を鋭く切り取ったこの一枚は、当時のインディーズシーンでは異例、1000枚台の売上を記録。ジャケットは原田による。

『 品品 』 1982年発売
CRAGALE RECORDS 
EP作品
 
自らの作品にも当然、好き嫌いは出てくるものだ。 このスタジオ録音の作品の発表にあたっては、その内容を不完全と感じた私と、「出し続ける事が大事」とする他のメンバーの間で「出す、出さぬ」ともめた事を覚えている。 そのせいでもないが、今でもこの作品には、あまり愛着が湧かない。
そして人とは、面白いものだ。この意見の差異の図式は、その中身も大差ないまま今でも続いている。 この差異は、'85年ごろ既に録音を終えていたLP第2弾『 抱飽 』の発表中止を引き起こした。
 
『 陰猟腐厭 』
1984年発売
CRAGALE RECORDS 
LP作品
 
一方こちらは自分の過去の作品の中でも、お気に入りの一枚。
それにしても愛想のないジャケット写真が続くが、そのはず、このレコードは当初、ビートルズの『ホワイトアルバム』も真っ青の、外から中まで、ALLホワイト! 
曲名、A/B面の表記、メンバー名はおろかバンド名も全てナーシ! おまけにアルバムタイトルもなかったので「これでは流通できん」とクレームが来て(そりゃそうだ)夢音で3人でバンド名をマジック書きしたのを覚えている。 かくして、このようなジャケットが生まれ、タイトルも自然とバンド名となったのである。
もちろん気に入っているのは、その中身である。全3曲、全て別の日のライブからの収録。
コード進行も、リズムすらも一切の打ち合わせのない、全面的即興演奏であるが、よく集中のできた中身の濃い演奏となっている。
とりわけ2曲入っている面の2曲目(やはり曲名というのは、あったほうが便利だ…)は、独自の「間」を作り出し、今でも新しい。
 

『行進曲』
1982年発売
MARQUEE MOON DISTRIBUTION
テープ作品

陰猟としては異例の、定形化した楽曲(増田直行 作)を収めた作品。
しかし一度スタジオ録りしたものを、渋谷の街頭でラジカセから流し、それを環境音と共に再録するなど、陰猟の実験的姿勢に変わりはなかった。
もはや手元に現物もなく、昔の“MARQUEE MOON”の記事からのスキャンで、このようなひどい写真に。

Moon Fantasy Reprise より引用。

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